ビルの改修現場で、新しいケーブルラックを通すために天井裏の梁に穴を開けたいと言ったら、 建築業者に「それは無理です、もう鉄骨は工場で加工済みなので」と断られた——という場面を想像してほしい。
同じ「梁に穴を開ける」という作業なのに、コンクリートの建物なら電動ハンマーでその場で 開けられることもあれば、鉄骨の建物では現場で穴を開けること自体がほぼ不可能なこともある。 この違いはどこから来るのか。
このトピックを読み終えるころには、建築構造の種類によって電気工事の段取りがどう変わるか、 そしてなぜ「あとから穴を開ける」が通用する現場と通用しない現場があるのかを説明できるようになっている。
種明かしは、建物の構造(RC造・S造・SRC造・木造)によって、構造体が「現場で加工できるもの」か 「工場で加工済みのもの」かが根本的に違う、という一点にある。
建物の構造は「いつ・どこで骨組みができるか」で分かれる
電気工事施工管理技士は建築の専門家である必要はない。ただし、建築業者と工程を調整するうえで、 自分たちの配管・配線ルートが、建物のどの構造にどう影響されるかは知っておく必要がある。 出発点になるのが、建物の骨組み(構造)の種類だ。
- RC造(鉄筋コンクリート造):鉄筋を組んだ型枠にコンクリートを流し込み、現場で骨組みを作る構造。引っ張りに強い鉄筋と圧縮に強いコンクリートを組み合わせることで、高い耐震性・耐火性を得られる。骨組みが「現場で一体に打たれる」ため、あとから梁や壁に大きな穴を開けることは、構造耐力を損なう恐れがあり原則できない。
- S造(鉄骨造):鉄骨(H形鋼など)を骨組みに使う構造。鉄骨は工場であらかじめ切断・溶接・穴あけまで加工され(これを「鉄骨製作」と呼ぶ)、現場では組み立てるだけになることが多い。粘り強さ(じん性)があり大スパンの空間を作りやすい一方、配管を通す穴は鉄骨製作の段階、つまり現場に鉄骨が来る前に位置を確定させておく必要がある。
- SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造):鉄骨の周囲を鉄筋コンクリートで巻く構造。鉄骨の粘り強さと、鉄筋コンクリートの剛性・耐火性を両方生かせるため、超高層ビルなど大規模な建物で使われることが多い。電気工事の視点では、S造とRC造の両方の制約(鉄骨製作前の穴位置確定+コンクリート打設前のスリーブ計画)が重なる、いちばん段取りがシビアな構造だと考えておくとよい。
- 木造:柱・梁を木材で組む構造で、戸建住宅を中心に使われる。材料費・工期の面で有利だが、荷重を受け持つ耐力壁や構造用の梁を電気配線のために安易に欠き込む(切り欠く)と、強度が落ちる点はRC造・S造と共通する注意点になる。
スリーブとインサート — 「通す穴」と「吊る金物」
建築の構造体と電気設備がぶつかる場所でよく出てくるのが、スリーブとインサートという2つの言葉だ。 どちらも、コンクリートを打つ前・鉄骨を組む前に位置を確定させておく必要がある点は共通しているが、 役割はまったく違う。
- スリーブ:配管やケーブルを、壁・梁・床といった構造体に通すための貫通孔、またはそのために あらかじめ仕込んでおく管そのものを指す。RC造では型枠工事の段階で、スリーブ用の管(塩ビ管など)を 鉄筋の間に配置してからコンクリートを打つ。梁を貫通させる場合は、貫通できる位置・大きさ・本数に 構造上の制約があり、梁のどこにでも自由に開けられるわけではない。
- インサート:主に天井や梁からケーブルラック・配管・吊り天井の下地などを吊り下げるために、 コンクリートに埋め込んでおく雌ネジ付きの金物。型枠に取り付ける「型枠用」と、デッキプレート (床の鋼製型枠)に穴を開けて差し込む「デッキ用」があり、こちらもコンクリートを打つ前に 位置を決めて仕込んでおく必要がある。あとからケーブルラックの支持位置を変えたくなっても、 インサートを打っていない場所には後付け用の金物(あと施工アンカーなど)で対応することになり、 計画段階での位置決めより手間とコストがかかりやすい。
スリーブが「何かを通すための穴」、インサートが「何かを吊るための金物」——この役割の違いを 押さえておけば、建築業者との打ち合わせで「スリーブ図」と「インサート図」のどちらの話をしているのか 迷わずに済む。
鉄骨造の溶接欠陥 — なぜ「工場品質」が重要なのか
S造(鉄骨造)の梁や柱は、工場で切断・組み立てたあと、溶接で接合される。この溶接部分の品質が不十分だと、構造耐力そのものに関わる問題になるため、代表的な溶接欠陥の種類を知っておく価値がある。
- オーバーラップ:溶接速度が遅すぎて溶着金属の量が過剰になり、ビード(溶接の盛り上がった部分)の止端部(端)に溢れ出してしまう欠陥。溢れた部分は母材と融合していないため、応力集中の原因になる。
- アンダーカット:溶接速度が速すぎて溶着金属の量が不足し、ビード止端部が溝状にへこんでしまう欠陥。
- ブローホール:窒素・一酸化炭素・水素などのガス成分が、溶接金属内に取り込まれて発生する気孔状の欠陥。
これらはいずれも「鉄骨の溶接部」に生じる欠陥だが、似た響きの用語にコールドジョイントがある。コールドジョイントは、先に打ち込んだコンクリートが固まり始めてから後のコンクリートを重ねたために生じる、一体化していない継目のことで、これはコンクリート工事の欠陥であり、鉄骨の溶接欠陥ではない。
防火区画を貫通するときは「穴を開けたら終わり」にならない
建物には、火災が起きたときに炎や煙が一気に広がらないよう、建築基準法上区切られた 「防火区画」がある。面積ごとに区切る区画、階段やエレベーターシャフトなど縦方向の 吹き抜けを区切る竪穴区画などがあり、対象となる壁や床は準耐火構造・耐火構造で 作られている。
電気の配管やケーブルラックは、フロアをまたいで配線するために、この防火区画の壁や床を 貫通せざるを得ない場面が多い。ここで問題になるのが、「区画のために耐火性能を持たせた 壁や床に、配管を通すための穴を開けてしまってよいのか」という点だ。
穴を開けたままにしておくと、その隙間から火や煙が抜けてしまい、区画の意味がなくなる。 そのため建築基準法施行令は、給水管・配電管など(電気の配管もここに含まれる)が 防火区画等を貫通する場合、貫通する部分を不燃材料で造る方法や、国土交通大臣が定める 基準(外径・肉厚など)に適合する管を使う方法など、決められた措置を取ることを求めている。 現場でよく見る「貫通部にロックウールなどの不燃材を充填する」「耐火性能を持つ 専用の貫通処理材を使う」といった処理は、この考え方に基づくものだ。
鉄筋コンクリートの配筋 — 柱と梁で呼び名が変わる補強筋
RC造・SRC造の躯体図には、鉄筋の種類ごとに名前が付いた配筋が描かれている。電気工事施工管理技士がこの配筋を設計する立場になることはないが、躯体図を読んでスリーブ・インサートの位置を検討するうえで、代表的な鉄筋の名前は知っておくと役立つ。
- 主筋:柱・梁の材軸方向(縦方向・横方向)に通し、曲げに対する主要な補強を担う鉄筋
- 帯筋(フープ):柱で主筋を取り囲むように一定間隔で配置し、せん断補強と主筋のはらみ出し防止を担う鉄筋
- あばら筋(スターラップ):梁で主筋を取り囲むように一定間隔で配置し、せん断補強を担う鉄筋。柱における帯筋と同じ役割を、梁では別の名前で呼ぶ
- 腹筋:梁の側面に、主筋とは別に配置する補助的な鉄筋。梁せいが大きい場合のひび割れ防止などに用いられる
建築業者との会話で「土台」になる知識
電気工事施工管理技士は、建築の構造計算をする立場でも、防火区画の告示適合性を 最終判定する立場でもない。それでも、RC造・S造・SRC造・木造の違いが工程にどう 効いてくるか、スリーブ・インサートはいつまでに位置を決めなければいけないか、 防火区画の貫通には決められた処理が要ることを知っているかどうかで、建築業者との 打ち合わせの精度がまったく変わってくる。
「その梁、あとから穴を開けられますか」「そのスリーブ、型枠を組む前に位置を確定して もらえますか」——こうした会話が噛み合うかどうかは、電気工事の知識だけでなく、 建築構造の基礎を土台として持っているかにかかっている。
この資格を取ったあと、現場で何が変わるか
この資格を取ったあと、鉄骨造のビル新築工事で、鉄骨製作図が出てくる打ち合わせに施工管理者として同席したとき、あなたは「この梁、電気シャフトからのケーブルラックを通すスリーブは入っていますか」と、鉄骨が工場で加工される前のタイミングで確認する側に回る。この確認を怠ると、鉄骨が現場に搬入されてから「穴が開けられない」という事態を招く——それを防ぐのが、まさにこのトピックで扱った知識になる。
RC造の現場では、型枠工事の打ち合わせで、電気設備側のスリーブ位置図・インサート位置図を建築側に提出し、了承を得てから型枠を組んでもらう調整役を担う。防火区画をケーブルラックが貫通する箇所では、設計図書に指定された処理工法どおりに施工・記録されているかを、竣工前の品質管理としてあなた自身が確認する。これは電気工事士の仕事ではなく、建築との取り合いを管理する施工管理者に固有の役割だ。
電材商社にとっても、あなたが建築構造の基礎を理解していることで、「このケーブルラック、いつまでにサイズを確定させればインサートに間に合いますか」という、建築工程を踏まえた発注の相談ができる相手になる。構造の違いによって段取りのタイムリミットが変わることを知っている担当者かどうかは、資材調達のスケジュールにも直接影響する。
冒頭の「鉄骨の梁にあとから穴を開けられなかった」理由の答え合わせは、 理解度チェックの最後の問題でしてみよう。